コレクション: 不登校
「不登校」の原因には、「学校でいじめや暴力がある」
「性格的にコミュニケーションがうまくとれない」
「勉強についていけない」「親との葛藤」などがあります。
原因によって対処は異なりますが、どのような環境であっても、
苦難や困難を魂の成長の糧として捉えていくことが大切です。
また、周りの方への感謝や自分でできることを増やしていくことが
悪霊や悪魔から自分自身を守るための力になります。
大川隆法総裁の教えの中から、不登校の人に対する心の処方せんを選びました。
INDEX
- いじめられて傷ついた子は、学校に行けなくなって、不登校になり、さらに苦しんでいる
- 焦らずに、ゆっくりと人間関係を育んでいくことが大事
- 名門校に入ると、急に自己イメージが悪くなってしまう
- 「親の価値観の押し付け」や「干渉」も不登校の原因になる
- 先生のありがたさを知ろう
- 苦難・困難を乗り越え、「肚の据わった人物」となれ
いじめられて傷ついた子は、学校に行けなくなって、不登校になり、さらに苦しんでいる
今、学校では、「いじめ」がとても流行っていて、とうとう、いじめられて自殺する子供まで現れてきている。これは、本当に大変な問題だ。
しかし、いじめがなぜ悪いことなのか、それが分からない子供たちが増えている。
また、大人たちも、明確に、「いじめは悪いことだ」と言い出す勇気がなくて困っているようだ。
子供たちは、一種の犯罪者のような心理になっていて、現実にいじめを行っていても、それを調べられると、「いじめていない」と言い張ったりする。集団でいじめを行ったときに、みんなで口裏を合わせて「やっていない」と言ったりする。
そして、いじめられて傷ついた子は、学校に行けなくなって、不登校になり、さらに苦しんでいる。
これは大変な世界だ。「ある種の地獄界が学校に現れている」と言ってもいいだろう。これは、私が日ごろ教えている「天使の世界」とは、まったく正反対の世界だ。
天使の世界は「愛の心」を中心にしている。愛とは、人に優しくし、人に尽くし、弱い者を助けることだ。また、苦しんでいる者をなぐさめ、悩んでいる者を導いてあげることだ。この教えと正反対のことが、今、学校で行われている。本当に悲しむべきことだと思う。善と悪が、はっきりと分からなくなっているのだろう。
「何が善で、何が悪か」ということは、仏様、神様の世界を知らなければ分からないことだ。そういった宗教の考え方が、学校教育から長らく遠ざけられてきたために、子供たちは、「何が正しくて、何が間違っているか」ということが分からなくなっているんだ。
さらには、学校で教えている教師たちも、そういう善悪が分からなくなってきていると言っていいだろう。
大川隆法著『「アイム・ファイン!」になるための7つのヒント』より
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焦らずに、ゆっくりと人間関係を育んでいくことが大事
距離の取り方を間違えると、うまくいかないことが多いのです。
例えば、少しでも好意的な姿を見せたり、親切な言葉をかけたりして、こちらが扉を少し開くと、ダダーッとなかに入ってきて、あまりにも密着してくるタイプの人がいます。これは、自分が他の人に対してする場合も、他の人が自分に対してする場合もあるでしょう。
そのように、こちらが少し関心を示したり、理解を示したりして、扉を少し開けると、玄関から奥まで入ってきて座り込むタイプの人とは、友情が成立しにくいのです。その人は、密着した関係になることが友情であると思っているのかもしれませんが、そういう人と友情を結ぶのは意外に難しいのです。
友情は、適度な距離感を保ちながら付き合うなかに、長くゆっくりと成立していくものです。そのように、少しずつ少しずつ高まっていくような関係をつくっていくほうがよいと思います。
あまりにも短い時間の付き合いで、サッと親友になってしまうことには、やはり危険があります。それは、自分が相手を十分に理解していなかったり、自分も相手から十分に理解されていなかったりすることが多いからです。
焦らずに、ゆっくりと人間関係を育んでいくことが大事です。自分を十分に知ってもらう時間や、相手を十分に知る時間が必要です。少しずつ少しずつ、時間をかけながら関係を深めていくような方法を取ることです。
「急に、くっついたり、離れたり」ということを繰り返すと、自分も傷つきますし、相手も傷つきます。
そのようになる原因のほとんどは、単純に相手を誤解したり、自分が誤解されたりすることにあります。その結果、抜き差しならない関係になって、最後は悲劇的な別れ方になることがよくあるのです。
人間関係を育んでいくためには、一定の距離を取ることが必要なのです。「一瞬で理解し合う」というのは、なかなか難しいことなので、段階を踏んで付き合っていくようにしたほうがよいでしょう。
そのようにすると、最初の浅い段階の友達としては、かなり広い範囲で付き合うことができますし、あまり深まらないと思う関係であれば、無理に深めようとはせずに、浅いレベルの付き合いで止めておけば、友達関係を長く続けることができます。
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名門校に入ると、急に自己イメージが悪くなってしまう
青年期には学業不振による自殺もあります。こういう自殺は、どちらかというと、学業不振に慣れている劣等生には、わりに少なくて、むしろ秀才のほうに多いのです。
小学校のころから優秀で、中学校や高校は名門校へ行ったり、あるいは地方から一流大学に入ったりし、そのなかで挫折感や劣等感を味わい、自殺する人が多いわけです。
調べてみると、特に、いわゆる名門進学校の生徒のなかに、自殺する人が数多くいます。
それはなぜかというと、それまでは、いい子で秀才で、ほめられてばかりいたのに、名門校に入ると、急に自己イメージが悪くなるからです。秀才ばかりが集まれば、あっというまに普通の人か劣等生になってしまうことがよくあります。
いつも一番や二番の成績だった人が、名門校に入り、ビリのほうになったりしたら、もう、それだけでノイローゼになって、精神科の厄介になったり、自殺したりする場合があります。自分の評価が、あまりにも大きく引っ繰り返ってしまい、そのことを理解できないのです。
「優秀な人がたくさん集まるところに行く」ということは、「自分の評価が下がるところへ、わざわざ行っている」ということです。そのことは、ある程度、知っていなければいけません。
有名校に入ったために、おかしくなり、不登校になった人は、普通の学校へ転校すれば、うまくいくかというと、そうでもなくて、普通の学校へ行っても、挫折感が強く、そこでもまた駄目になることがあります。
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「親の価値観の押し付け」や「干渉」も不登校の原因になる
罪の意識が非常に強く、子供にも罪の意識を教えるような、清廉潔白すぎるタイプの親のところにも、反乱を起こす子供がよく出てきます。
この場合は、霊的なものの影響以前の問題として、子供の魂が、親から罪悪感を押し付けられることに強く反発しているのだと言えます。親の念で縛られ、「こういうことは罪悪なのだ」という、親の価値観を押し付けられることが、子供はたまらなく嫌なのです。
子供は、「親の態度には、おかしなところがある。善人ぶって、外に対しては、いい顔をしているが、ほんとうは、それほど立派な人ではないはずだ」と思い、罪悪感の押し付けを「不当だ」と感じます。そうすると、子供の心のなかに、「反発したい」という思いがわいてきます。そこに霊的な作用が働くことがあるのです。
こういうタイプの親は、「肉体的には親子でも、魂は別なのだ」ということを知り、子供に対する縛りを解かなければなりません。子供を信じて、子供への干渉(口の出しすぎ)を解くことです。
霊的な影響もありますが、たいていの場合、発端(始まり)は、子供に対する親の態度にあります。親が子供に干渉しすぎているのです。
子供に干渉することで、親が無意識のうちにストレス解消をやっていることも、よくあります。外にぶつけられないものを子供にぶつけているのです。
たとえば、「お父さんは、こんなに苦労している。おまえは、こんな苦労をしないように」と言いつつ、実際には子供に八つ当たりをしている人もいます。
親は、「自分は子供を使ってストレス解消をやっているのではないか」ということも、よく反省する必要があるのです。
また、自分では「『与える愛』を実践している」と思っていても、実際には、とりもちのような愛で子供を縛っていることもよくあります。「全部を支配したい」という気持ちで、子供を“鳥籠”のなかに入れてしまうのですが、それは「与える愛」ではなく「奪う愛」なのです。
親というものは、子供がだんだん大人になり、自分から離れていくのを、目を細めて喜ぶような心境にならなくてはなりません。(中略)
母親が、夫である父親を尊敬しないで常日ごろ悪口を言っていたり、自分の家事下手を棚に上げて夫の浮気癖を責めているときにも、よく起きます。夫婦間の性の調和を心掛け、夫を立てて、家庭内で主導権を握ってもらうよう、お願いしてみてください。
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先生のありがたさを知ろう
学校の時代には、勉強だけしていれば、何ももんくを言われなかった。そんなありがたい時期に勉強をしなかった人は、その後、苦しむことになっても、しかたがないよね。
学校では、運動もしっかりできた。また、同級生たちがいた。はげましてくれる友だちがいた。ありがたいね。
そして、先生がいて、いつも注意をしてくれた。先生におこられると、はらが立ち、学校に行きたくなくなって、不登校になる子もいるけれど、おこってくれる人がいるということは、本当にありがたいことなんだ。
おこってくれる人がいるうちが花だよ。大きくなると、だんだん、自分のことをおこってくれる人がいなくなるからだ。
世の中に出ると、人様をおこったりする人はいなくなってくる。人をおこったりすると、あとでろくなことにならないことも多くて、損をするからだ。人に注意をしても、相手が悪い人だったら、逆に暴力をふるわれることもある。中には、かっとなって、ナイフでさすような人もいるよね。そのため、世の中の人は、「あの人はおかしい。」と思っても、なかなか言ってくれないものなんだ。
それから、自分の仕事がきちんとできていなくても、なかなか言ってくれるものではない。仕事ができない人は、そのまま落ちこぼれていくだけだ。
先生は、子どもたちに、「自分よりもえらくなってほしい。」と望んでいるんだ。こんな職業はめずらしいよ。子どもたちに、「がんばって自分たちよりえらくなってほしい。」と思っている仕事があるわけだ。ありがたいね。人様の子どもをおこるというのは大変なことで、なかなかできることではない。
だから、先生というのはありがたいものだと思わなければいけないよ。本当に菩薩行(人の幸せのためにつくすこと)をしてくれていると思わなければいけないね。
苦難・困難を乗り越え、「肚の据わった人物」となれ
例えば、きょうだいの問題や家族の問題があったり、自分自身が追い詰められたりして苦しかったという人や、不登校になったり、いじめられたり、自殺したくなったり、家のなかがうまくいかなくなったりしたという人はたくさんいるのです。
そのようなことを乗り越えてきた人が、けっこう、リーダーをやっています。結局、そうした苦難・困難を乗り越えてきた人というのは、磁石のようなもので、一種の強さがあるのです。
その意味で、「簡単に反論できるタイプの人」と「簡単に反論できないタイプの人」とがいるのです。簡単に反論できない人というのは、肚が据わっていて、言葉に「重み」があるわけです。やはり、それが大事なことだと思います。(中略)
結局、何だかんだ言いながら、「人間的な力」「自分自身を救う力」が「他人を救う力」にまで大きくなっていかなければ、人を揺り動かし、世の中を変えることはできないのです。
したがって、人生には浮き沈みはありますが、「『今、自分の人生は最低だ』と思うようなところで何ができるか。何にトライできるか」ということを考えていただきたいし、「最低の自分であっても、ほかから見たら最高の仕事ができている」という自分であってほしいと思います。
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